拝啓あんたへ


  • かゆいひとかゆくないひと

     

    ようあんた、元気にしてるか?
    今日も私の話を聞いてくれないか?

    この前、取材を受けた。会いに来た記者を、そうだな、仮にマイケルと呼ぼうか。10月の終わりごろだったけど、恐ろしいほど暑い日で、この世の気候はもうだめだと思った。マイケルは半袖だった。蚊がぶんぶん飛んでいた。

    取材を始める前に著者近影を撮ることになって、公園を抜け人のいない路地へ入った。たちまち蚊が群がってきて、私は何度も手で払ったけど、少しでも立ち止まるとどんどん刺してくる。マイケルや私の担当編集者(仮に善次郎さんと呼ぶ)には更なる蚊が群がっていて、みんなのおでこに蚊が!と言ったけど、二人ともあまり動じていなかった。

    撮られるとき、私は静止する。すると蚊が襲ってくる。静止しているから払えない。とてもかゆい。ファインダー越しに見るマイケルにも漫画みたいな量の蚊が群がっている。しかし彼は動じず、無表情でシャッターを切る。まじかよ、かゆいぜよ、と思いつつ向こうで待機している善次郎さんの様子を伺うと、そっちにもホラー映画みたいな量の蚊が群がっていた。ところがやはり、動じていない。なんなんだ、かゆいのは私だけなのか? 二人はどうして平気なんだ?

    喫茶店へ移動して、取材を受けた。我々は指や手がボコボコになっていて私はしきりにかゆがったが、二人は相変わらずどっかの地区代表みたいな涼しい顔をしている。「かゆくないんですか?」と聞くと、彼らはすごいことを言った。

    「すごくかゆいです」

    私はびっくりして、だってかゆそうに見えないから、え、どういうこと?と動揺し、普段なら絶対に飲まないバナナジュースを頼んでしまった。かゆくとも相手に悟らせない二人を偉いなあと思いつつ、慣れないバナナジュースをすすり、ここが一体どこなのか、おいあんた、一瞬わからなくなったんだ。かゆいひとかゆくないひとかゆくない振りをするひとらの交差点?

     

     


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